おかじょう岡城

断崖絶壁を巧みに生かして構築された要塞

名曲「荒城の月」を生んだ古城に今も累々と高石垣が巡る

岡城は、標高325m、比高95mの天神山 てんじんやまに築かれた山城である。その歴史は古く、文治元年(1185)に緒方 おがた氏が築いたのが最初だと伝えられている。その後、元徳3年(1331)に志賀貞朝 しがさだともが入り、城を拡張した。現在残る高石垣を多用した近世城郭となったのは、文禄3年(1594)に中川秀成 なかがわひでしげが入ってからのことである。

本丸を中心に二の丸、三の丸、西の丸がおかれ、高石垣が巡らされた。本丸には天守代わりの御三階櫓 ごさんかいやぐらが、西の丸には御殿 ごてんがつくられた。明治になって城の建物はすべて解体されたしまった。地元出身の作曲家滝廉太郎 たきれんたろうの代表作「荒城の月 こうじょうのつき」は、この荒廃した岡城がイメージになっているといわれている。