うわじまじょう宇和島城

藤堂高虎が海、山を巧みに取り入れて築いた城

かつて宇和海を望んだ山頂に三重天守が今も立つ

宇和島城(うわじまじょう)は藤堂高虎 とうどうたかとらが慶長元年(1596)から6年を費やして築いた城である。築城地にはリアス式海岸の宇和海の最深部に位置する、中世城郭板島丸串 いたじままるぐし城が選ばれた。

高虎移封後、富田 とだ氏を経て伊達政宗の庶長子 しょちょうし秀宗が入り明治まで続いた。伊達氏2代のときに居館と藩庁機能を持つ御浜御殿 おはまごてんがつくられた。御浜御殿の一角には後になって地水回遊式庭園 ちすいかいゆうしきていえん天赦園 てんしゃえんがつくられ、現在も見学できる。

高虎創建の天守は望楼型 ぼうろうがたであったが、寛文6年(1666)に建てられた2代目天守は層塔型 そうとうがたで、千鳥破風 ちどりはふ唐破風 からはふなどに飾られた装飾性の高いもので、これが現存する天守である。